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【第6章】第1節 暑熱のリスクアセスメント(1)

1. 暑熱のリスク評価

(1) リスクアセスメントの基本

 リスクアセメントとは、職場や作業が関係して生ずるおそれのある健康障害の重篤度と発生可能性(リスク)を調査し、労働災害が発生するリスクの大きさを評価することです。

 具体的には、職場に存在する危険又は有害な要因を特定(危険性・有害性の特定)し、特定した要因によるリスクを見積もり(リスクの見積り)、見積もったリスクを既存の科学的な評価基準などと比較して受容可能な水準かどうかを評価(リスクの評価)し、受容できない水準ならばリスクを低減するための具体的な対策を検討して実施し(リスクの低減)、その結果、残存したリスクについて再評価することです。

図表63 リスクアセスメントの手順

 事業者は、リスクアセスメントの結果を受けて、労働者と協議しながら、リスク低減策を実施することによってリスクを受容可能な水準にまで低減させます。このことを繰り返して、職場の安全衛生の水準を継続的に高めていく取り組みをリスクマネジメントといいます。国際的にそのような仕組みを労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)と呼び、国際労働機関(ILO)がガイドラインを公開しています。

 わが国においては、労働安全衛生法第 28 条の 2 第 2 項に基づく「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(リスクアセスメント指針、平成 18 年 3 月 10 日付け厚生労働省公示第 1 号)に従って「危険性又は有害性等の調査」と呼ばれています。その中には、危険性・有害性を特定し、リスクを見積もり、受容できないリスクについてはリスクを低減する具体的な対策(リスク低減策)を立案することまでが含まれています。

 そして、リスクアセメントは、労働安全衛生法が規定している事業者の実施すべき事項を確実に実施したうえで、さらに、安全衛生の水準を向上させて労働災害の防止に努めるために事業者が労働者とともに自律的に実施する活動と位置づけられています。


(2) 危険性・有害性の特定

 熱中症予防のための職場のリスクアセスメントでは、多くの危険性・有害性を有する要因(ハザード)を特定する必要があります。ここでは、リスクの見積り、評価を行う要因と総合リスク評価時の考慮要素に分けて示します。


リスクの見積もり、評価を行う要因
No 要因 具体的内容
1 暑熱な環境

① WBGT が高いこと
  例:高温多湿な屋外での作業である。
② 気温が高いこと
  例:内燃機関や電気器具が密集している。
③ 相対湿度が高いこと
  例:調理器具やボイラーの蒸気が立ち込めている。
④ 風がないこと
  例:ビルに囲まれた現場である。
⑤ 輻射熱(放射熱)を受けること
 例:炎天下である。屋内に炉がある。路面の照り返しがある。

2 身体負荷の高い作業

① 筋力を使うこと
  例:スコップで掘る。ハンマーを打つ。
② 重量物を取り扱うこと
  例:運搬作業に従事する。重い工具を持つ。
③ 昇降を繰り返すこと
  例:階段を頻繁に上下する。
④ 長距離を移動すること
  例:広い範囲の設備を見回る。
⑤ 速い動作を繰り返すこと
  例:ラインの動きに合わせて組み立てる。

3 通気性・透湿性の低い服装

① 皮膚が広く覆われていること
  例:安全面の制約で長袖・長ズボンである。
② 通気性の悪い着かたであること
 例:ネクタイを着用している。作業着が肌に密着している。
③ 透湿性の悪い素材であること
 例:吸湿性が高く乾きにくい素材の衣服を着ている。

4 装備
(身体冷却用のものを除く)

① 安全衛生保護具をつけていること
 例:呼吸用保護具、手袋、手甲などをつけている。
② 防護服を着ていること
 例:化学防護服やウェットスーツを着ている。

 

総合リスク評価時の考慮要素
No 要因 具体的内容
1 拘束時間の連続

① 長時間続けて作業すること
 例:作業空間に入ると一段落するまで止められない。
② 自己判断で休憩が取れないこと
  例:チームで連携しながら作業をしている。

2 飲料(水分・塩分)の摂取しにくい作業

① 飲料を取得できないこと
 例:必要な量の飲料を持ち歩くことができない。
② 飲料が摂取できないこと 
 例:有害化学物質を使用するので飲食は禁止されている。

3 不十分な休憩場所

① 安静を確保できないこと 
 例:休憩場所に背もたれのある椅子がない。
② 飲水をしにくいこと
 例:給水設備が足りない。水筒を保管できない。
③ 体温を冷却しにくいこと 
 例:空調の効きが悪い。扇風機の効きが悪い。

4 不十分な管理体制

① 体調を尋ねていないこと 
 例:監督者が作業前に体調を尋ねていない。
② 監視をしていないこと
 例:一人作業である。監督者が巡回していない。
③ 教育をしていないこと
 例:熱中症予防の教育が実施されていない。
④ 事例が報告されていないこと
  例:熱中症を疑う事例を把握し報告する仕組みがない。


(3) リスクの見積り

 リスクの見積りは、特定したそれぞれのハザードについて定量的に実施することが望ましいです。しかし、実際には、現場で正確に測定するための適当な手法が存在しないなどの理由から見積りが難しいハザードもあります。また、非常に多くのハザードが関係することから、すべてについて見積りを行うことは困難です。したがって、いくつかの重要なかつレベル分けが可能な要因に注目してリスクを見積もり、全体のリスクを評価することとしました。採用した指標は以下です。


本マニュアルでリスクの見積りをするために採用した指標
No 要因 具体的内容
1 暑熱環境

WBGT、気温、相対湿度

2 作業強度(注)

メッツ(METs)、動作強度(Af)、エネルギー代謝率(RMR)、
作業強度比較表(筋力、取扱い重量、階段昇降回数、移動距離、動作速度、繰り返し頻度、最大心拍数、…METs 時)

3 衣服・装備

通気性の低さ、透湿性の低さ、安全衛生保護具(冷却用のものを除く)の着用

注)作業強度に関する各指標の定義は次のとおり
METs= 運動時のエネルギー消費量/安静時のエネルギー消費量
Af = 運動時のエネルギー消費量/基礎代謝量
RMR=(運動時のエネルギー消費量-安静時のエネルギー消費量)/基礎代謝量

また、安静時代謝量が基礎代謝量の 1.2 倍と仮定した場合の換算式は次のとおり
METs… = RMR / 1.2 + 1 = Af / 1.2 = %VO 2 maX(最大心拍数/安静時心拍数- 1)+1(エアロビックな活動である場合)

 

リスクの見積りは、次の手順で行う。
 ①…暑熱環境のリスク(EL)の見積り
 ②…作業強度のリスク(ML)の見積り
 ③…衣服・装備のリスク(IL)の見積り
 ④…作業強度と衣服・装備のリスクの見積り
 ⑤…総合リスク(RL)の評価
 ⑥ …残留リスクの修正


① 暑熱環境のリスク(EL)の見積り

暑熱環境のリスクの見積りは、WBGT を測定している場合、気温と湿度のみ測定している場合、気温のみ測定している場合に分かれます。リスクアセスメントの精度は、前者ほど高いです。

 本リスクアセスメントでは、WBGT を測定することによるリスクの見積りを原則とし、それが不可能な場合は気温と湿度による方法で行い、それも不可能な場合はやむを得ず気温のみによる方法で行います。


a.WBGT を測定している場合

 作業時間中で最も暑い時間帯の WBGT を測定し、表Ⅱ-3により EL1 から EL4 まで 4段階でレベル分けします。熱源がある屋内作業のように気温の日間変動が少ない場合は、最も暑くなる時間帯に測定した WBGT を用います。

 屋外作業のように気温が毎日変わる場合は、環境省熱中症予防情報(http://www.nies.go.jp/health/HeatStroke/)から職場に最も近い地点での WBGT 値を確認し、ある時刻に職場で WBGT を測定した結果と予防情報による値との差を考慮して、WBGT 推定値を求め、その中で一日のうちで最も高い値となったものを用います。

また、WBGT 値は、WBGT 測定器を使用するか、又は、次の式によって算出します。ここで、自然湿球温度とは、濡れたガーゼで覆った温度計を日陰を作らない環境下で送風せずに測定した値のことです。また、黒球温度とは、つや消しした中空の黒球の中心で測定した値のことです。


屋外で太陽照射のある場合
  WBGT 値= 0.7 ×自然湿球温度+ 0.2 ×黒球温度+ 0.1 ×乾球温度

屋内の場合及び屋外で太陽照射のない場合
  WBGT 値= 0.7 ×自然湿球温度+ 0.3 ×黒球温度


WBGT 値による暑熱環境のレベル分け
暑熱環境レベル WBGT 値
EL1 25℃未満
EL2 25℃以上 28℃未満
EL3 28℃以上 31℃未満
EL4 31℃以上

b.気温と湿度を測定している場合

 WBGT を測定していなくても、気温と湿度を測定している場合は、表Ⅱ-4により気温と湿度から EL を求めます。たとえば、気温 30℃で湿度 60%の場合は、EL2 となります。気温29℃で湿度 75%の場合は、EL3 となります。

 なお、職場が屋外で太陽光の直射がある場合又は炉や高温物体がある場合は、表Ⅱ- 4 から求めた EL を 1 段階を上げます。たとえば、屋外で直射日光を受け気温 30℃で湿度 60%の場合は、EL2 ではなく1段階上げ EL3 とします。

気温のみによる暑熱環境のレベル分け
暑熱環境レベル 気温
EL1 25℃未満
EL2 25℃以上 28℃未満
EL3 28℃以上 31℃未満
EL4 31℃以上
② 作業強度リスク(ML)の見積り

 業務の中で、最も主要となる作業について作業強度リスクを見積もります。作業強度の大きさは、表Ⅱ-6により ML1 から ML5 まで 5 段階でレベル分けします。


作業強度のレベル分け
作業強度レベル 作業内容の例
ML1 座作業
(平均して 2METs 程度の身体負荷の場合、RMR=1.2)
ML2 歩行程度の作業
(平均して 2METs 以上の身体負荷の場合、RMR=1.2)
ML3 速歩程度の作業
(平均して 4METs 以上の身体負荷の場合、RMR=3.6)
ML4 階段昇降程度の作業
(平均して 6METs 以上の身体負荷の場合、RMR=6.0)
ML5 途中で会話ができない作業
(平均して 8METs 以上の身体負荷の場合、RMR=8.4)
③ 衣服・装備リスク(IL)の見積り

 衣服・装備リスクの見積りは、表Ⅱ-7により IL1 から IL5 まで 5 段階でレベル分けします。いわゆる吸汗速乾の衣服である場合は長そでであっても IL1 としてかまいません。呼吸用保護具や手袋を使用している場合や首元を塞ぐタオルを巻いている場合はレベルを1つ上げます。

 なお、冷媒等を使用した熱中症予防対策用の保護具を着用していても衣服・装備レベルは変更しません。


衣服・装備のレベル分け
衣服・装備レベル 衣服・装備の例
IL1 薄手の半そで作業着と長ズボンに相当する衣服
(夏期に使用する軽装の作業着)
IL2 薄手の長そで作業着と長ズボンに相当する衣服
(夏期に使用する一般の作業着)
IL3 厚手の長そで上着と長ズボンに相当する衣服
(背広での正装と同等の衣服)
IL4 水蒸気を通す素材の化学防護服
IL5 水蒸気を通さない素材の化学防護服
⑤  総合リスク(RL)の評価

 暑熱環境レベルと作業強度、衣服・装備レベルとを組み合わせて、表Ⅱ-9により総合的なリスクを評価すます。なお、職場や作業の条件として次の事項が存在する場合には、総合リスクを 1 段階上げます。

 ⅰ)暑熱な作業を直前の 1 週間以上実施していなかった場合
 ⅱ)1時間を超える連続作業で、作業者が自らの判断で小休止を取ることができない場合
 ⅲ)職場に水分・塩分(ナトリウム)が準備されていない場合

それぞれのレベルは次のようなリスクであることを意味します。

 総合リスク(RL)Ⅰ = 些細なリスク
 総合リスク(RL)Ⅱ = 軽度のリスク
 総合リスク(RL)Ⅲ = 中程度のリスク
 総合リスク(RL)Ⅳ = 大きなリスク
 総合リスク(RL)Ⅴ = 非常に大きなリスク


総合リスクの評価
作業強度、
衣服・
装備レベル
暑熱環境レベル
EL1 EL2 EL3 EL4
1
2
3
4
5

2. リスク低減措置の考え方

 リスク低減措置の方法として、「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」では、法令に定められた事項がある場合にはそれを必ず実施するとともに、次に掲げる優先順位でリスク低減措置内容を検討の上、実施するものとするとされています。

 ア 危険な作業の廃止・変更等、設計や計画の段階から労働者の就業に係る危険性
   又は有害性を除去又は低減する措置
 イ インターロック、局所排気装置等の設置等の工学的対策
 ウ マニュアルの整備等の管理的対策
 エ 個人用保護具の使用

 ただし、このマニュアルでは、(1)…暑熱環境レベル (2)、…作業強度レベル (3)…衣服・装備レベル (4) 総合リスク評価時の考慮要素(①暑熱作業への順化、②自らの判断での小休止、③水分・塩分摂取の容易さ)の4要素に限定して熱中症のリスク評価を行うこととしています。従って、これらの4要素が改善されればリスクレベルが低減されますが、この4要素以外の改善を行ってもリスクレベルは低減されないということになる。

 しかし4要素以外の要素に対する対策を併せて行うことが熱中症の発症の予防や重症化を防ぐ上でも重要です。このため、熱中症予防対策に関しては、本マニュアルのリスクレベルが低減できるかどうかのみに着目するのではなく、総合的に安全衛生管理を行う観点から、実施項目を検討する必要があります。

 

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