【第6章】第1節 暑熱のリスクアセスメント(3)
3. 暑熱リスクの低減策(2)
(5) その他の熱中症予防・重症化防止のための対策
本マニュアルではリスクの見積りを行う対象としていないが、熱中症のリスクを低減させ、重症化を防ぐための対策として次のような対策があります。
① 休憩(室)
作業場所又はその近隣に休憩室を設置し、直射日光や照り返しを遮る簡易な屋根を備えた休憩場所を設置します。
休憩室や休憩場所には、冷房の設置やスポットクーラー又は大型扇風機を使用したり、臥床することができる場所や風通しが良い場所を設けたり、冷蔵庫やクーラーボックスなどに水分及び塩分の補給を定期的かつ容易に行えるよう飲料水や氷を用意したり、塩分の補給のための塩飴や梅干し等を用意します。冷蔵庫などにはおしぼりなどを入れておき、いつでも使えるようにしておきます。
資料:国土交通省 北陸地方整備局 千曲川河川事務所なお、身体が 24℃未満の涼しすぎる空気に直接触れると、皮膚表面の血管が縮んでかえって熱の放散がしにくくなるので休憩室は 24℃から 26℃程度になるよう温度管理に配慮します。 休憩室には身体状況の確認として、体温計や体重計、脈拍計を備えておき、必要に応じて体調を確認するようにします。また、休憩場所等には、受診可能な病院・診療所などの所在地や連絡先などを掲示しておき、緊急時に連絡が容易にできるようにしておくことも必要です。
暑い時に水をかぶり、水で身体を冷やし、の気化熱を利用して体温を下げることも有効です。可能であれば作業場所又はその近隣に水風呂、シャワー等の体を適度に冷やすことのできる設備を設置し、容易に使用できるようにしておくと熱中症予防に効果的です。
④ 作業前、作業中、作業後の体調確認、声かけ
睡眠不足、二日酔い、朝食を摂らなかった、風邪による発熱、下痢などからくる脱水など、体調不良が熱中症に悪影響を与えることがあります。このような時は、管理監督者は労働者に正直に申告させ、暑熱作業への従事を中止させるなどの判断を行います。
管理監督者は労働者の健康状態と水分摂取の状況を、作業開始前や作業中の巡視を頻回に行い、声をかけるなどをして確認します。もし、熱中症を疑わせる兆候が現れた場合においては、速やかに、作業の中断などの必要な措置を講じなければなりません。
熱中症は突然発生することもあるので、普段との体調や行動の違いに気付くためにも、労働者がお互いに声をかけ合い、体調を伝え合うことも必要である。体調のチェックリストなどを作成することも有効です。
なお、周囲に人がおらず 1 人で作業を行うことになる労働者には、入念な事前確認と作業中のセルフケアが必要となります。 作業終了後時間が経過してから発症する事例もあるので、作業中だけではなく作業終了後も体調の確認は必要です。体温や体重を確認し、回復が遅い場合は、一人にさせないなどの配慮が必要です。
資料 教えて!「かくれ脱水」委員会⑤ 個人差への配慮
熱中症を生じるリスクには、個人要因(体型、持病等)が大きな影響を与えます。作業場所や作業内容が同じリスクであっても、そこで働く労働者の中には熱中症を発症する者もいれば、効果的に汗を蒸発させることによって体温を調節しながら職務に従事できる者もいることがあります。
この個人要因には、生理的な体温調節に寄与する脳の視床下部や自律神経の慣れ(暑熱順化)、身体的な特徴や疾病等による体温の上昇しやすさ、前日からの食事や体調等による脱水の生じやすさ、暑さを感じてからの行動などが関わります。このため、管理監督者は、作業開始前、作業中の巡視による労働者の健康状態の確認等を行う際には、特に、個人差への配慮を必要とする労働者の状態に留意します。
- (a)…体型
体脂肪の多い肥満者は、皮下脂肪が厚い者と内臓脂肪が多い者に分かれます。このうち、皮下脂肪が厚い者は、体表面の組織が厚く、体内の熱が体表面に伝わって放散される作用が弱いです。特に、血流の少ない脂肪組織は熱を伝えにくく、うつ熱が生じやすいです。
また、体表面での汗の蒸発によって低下した皮膚温により体内が冷却される作用も弱く、発汗による効果が減弱します。さらに、体重の大きさに従って代謝量が増えることから、体内での熱の産生量が大きくなります。これらのことから、皮下脂肪の厚い者をはじめとする肥満者は、体温が上昇しやすく、発汗による脱水も生じやすいです。
- (b)…性
男性は女性と比べて、筋肉が多く、実際に筋肉を使う運動や業務に従事することが多いことから、重症の熱中症を発症することが多いです。一方、女性は男性と比べて、皮下脂肪が多いことから体内の熱を体表面から放散させにくいが、代謝量が小さいことから体内の熱の産生量は少ないです。
また、生理周期がある女性は、卵胞期から黄体期に移行すると体温がやや上昇します。これらのことから、熱中症のなりやすさに関する男性と女性との生理的な差は少ないです。
- (c)…年齢
一般に、50 歳代以降になると、暑さや脱水に対する脳の反応が鈍くなり、感覚も生じにくいです。暑さを感じても、服を脱いだり、窓を開けて通風を確保したり、扇風機やクーラーをつけたり、水分や塩分を補給したりするといった行動を取るのが遅れやすいです。
また、高齢になるほど、手足の血流が減少し、体重に占める水分の割合は減少することに加え、夜間の排尿を忌避して就寝前の水分補給が不十分になりやすいことから、体内の熱を体表面から放散させる働きが弱くなります。これらのことから、高齢者は熱中症になりやすい。とりわけ、初めて暑熱作業に従事する高齢者については、十分に発汗できない場合や、脱水状態でも自覚症状に気づかない、少ない場合があるので、十分な水分・塩分の定期的な補給と、こまめな休憩をとり深部体温を低下させることを指導します。
また、若い人は、徹夜をしたり、前夜に深酒・大酒を飲んだり、朝食を抜くことがあるので、日ごろから労働衛生教育や注意喚起をするとともに、作業前の健康チェックを必ず行います。
- (d)…疾病、服薬
感染症に罹患すると、人間は脳の視床下部が体温を上昇させるように調節することから、熱の産生量が大きくなり放散量が少なくなりやすい。甲状腺機能亢進症では、代謝が活性化しており、体内で熱の産生量が大きくなりやすい。糖尿病や高血圧などで動脈硬化が進んでいる者や心疾患のある者は体内の熱を体表面に移行させる働きのある血液の循環が障害されることから、熱の放散量が少なくなりやすいです。
さらに、循環器疾患、精神疾患、内分泌疾患、腎疾患、消化器疾患などの疾病によって食事の制限を行っていたり、尿量が増加していたりする者は、体温、水分、塩分の調節に障害を生じやすいです。また、広範な皮膚疾患、自律神経疾患等の発汗の異常を生じる疾病、発熱を伴う疾患その他これらのさまざまな疾病に罹患している者は熱中症になりやすいです。
これらの疾患や肥満等は熱中症の発症に影響を与えるおそれがあることから、健康診断の実施、異常所見に対する医師等の意見の聴取、当該意見を勘案した就業場所の変更、作業の転換等の適切な措置の徹底を図ります。これらの疾患で治療中等の労働者についても、産業医、主治医等の意見を勘案して、同様の措置を講じるとともに、労働者に対しては、熱中症予防のため対応が必要であることを教示し、対応が必要と判断した場合などには申し出るよう指導します。
また、医薬品の中には、熱中症を発症しやすくするものがあります。高血圧症や心疾患は、水分及びナトリウムを尿中に出す作用のある薬を内服する場合に脱水状態を生じやすいです。精神・神経疾患は、自律神経に影響のある薬(パーキンソン病治療薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬等)を内服する場合に発汗及び体温調整が阻害されやすいです。これらの医薬品を服薬している場合は、服薬中の労働者と管理監督者の双方が正確に理解するべきです。
睡眠不足、体調不良、前日等の飲酒、朝食の未摂取等が熱中症の発症に影響を与えるおそれがあることから、日常の健康管理の指導や必要に応じ産業医等による健康相談を行うことが必要です。
⑥ 生活習慣上の注意
高温多湿の作業場所で作業を行う労働者については、睡眠不足、体調不良、前日の飲酒、朝食の未摂取等が熱中症の発症に影響を与えるおそれがあるため、日常の健康管理について指導を行うとともに、必要に応じて健康相談を行います。
暑熱作業に従事した後の日常生活では、多量の発汗に伴う活動はなるべく避けて、十分な食事、休養、睡眠を取って、その日のうちに体温を下げておくことが重要です。特に、1 日の最低気温が 25℃以上の熱帯夜の場合は、寝室が蒸し暑くなるので、翌日は体温上昇や前日と比べて体重減少がないか確認します。
また、入浴後、就寝前、起床時には水分を補給する。就寝中に空調を使用した場合は、室内が乾燥して皮膚や呼吸などから放出する水分量が増加するので、水分は多めに補給するように指導します。
夏は、暑気払いなどでビールなどを大量飲酒することがあるが、アルコールはその分解に水分を使うことに加え、尿を多く出す作用(利尿作用)があります。前日に飲酒量が多かった時は、翌日の起床時には脱水状態になっており、十分な注意が必要です。暑熱作業の前日にはアルコールを飲みすぎないように心がけて、飲酒後には必ず水分を補給することが大切です。
暑い日が続くといわゆる夏バテになり、朝食を摂らない人が増加する傾向にあります。熱中症となる危険性がある作業に従事する予定の人は、必ず水分と塩分が補給できる朝食を摂ることが重要です。
また、熱帯夜が続くと、寝苦しく寝不足になり、熱中症のリスクが高くなる。寝室を適度な温湿度にして、十分な睡眠を取るように心がける。
⑦ 作業中の体温測定・体重測定・心拍数測定
暑熱作業に従事する人は、作業開始前に心拍数(脈拍数)や体温、体重を測定しておき、休憩時間などにも測定して、その経過を観察します。休憩場所などに、体温計や体重計や体調のチェックリストなどを備えることで、労働者や管理監督者が、必要に応じて、労働者の心拍数や体温、体重、自覚症状など身体の状況を確認できるように努めます。
脱水になると心拍数及び脈拍数が増加します。脈拍数は、指先で脈拍数が簡単に測れる心拍計、パルスメーターを利用し、手首(橈骨動脈)や首(頸動脈)で脈拍を触知して、15 秒間、計測した数を 4 倍(あるいは、10 秒間、計測した数を 6 倍)することで、いつでもどこでも簡単に求められます。作業強度のピークの1分後の心拍数が 120 を超える場合は、暑さへのばく露を止めさせます。
また、暑さに慣れていない人ではわきの下の温度(腋下温)で 37.5℃(舌下温で 38.0℃)、を超えるような体温の場合は、暑熱作業は中止させることが必要です。なお、大量の発汗時に、腋下温を測定する際には、十分に汗を拭きとってから測定を行います。休憩中などの体温が、作業開始前の体温に戻らない場合は、暑さへのばく露を止めさせます。
身体に接触させる体温計は、個人に専用のものがあれば理想的であるが、他の労働者も使用する場合、消毒用アルコールを用意して毎回消毒します。
さらに、大量の汗をかいた時は、その分の水分を補給しなければなりません。かいた汗の量を知るためには、作業前後の体重を比較することで脱水の状態を評価することができ、水分補給の必要な量を知ることができます。休憩時間には、汗で濡れた作業服を脱いだ状態で体重を測定します。作業開始前より、1.5% を超えて体重が減少している場合も、暑さへのばく露を止めさせます。
⑧ 労働衛生教育
熱中症の発症は、他の災害に比較して個々人の心身の健康状態、生活習慣等に左右される要素が大きいといわれています。この観点から、労働衛生教育が熱中症のリスク低減対策の重要な要素となってきます。熱中症は、暑熱環境に対する順化の要素が大きく、6 ~ 7月ごろに急に暑くなった日に多発することが多いことから、熱中症に対する労働衛生教育を行う時期としては、暑くなる直前で、熱中症に対して労働者の関心が高まり、しかも記憶に残る 4 ~ 5 月ごろ、それも毎年繰り返して行うのが効果的です。
実施内容としては、厚生労働省の「職場における労働衛生対策-熱中症予防対策」や環境省の「熱中症予防情報サイト」など多くの情報があるので、それらを元に各事業場の作業の状況を考慮して作成して実施します。とりわけ、熱中症対策を行っても残っている熱中症発症に関するリスクに対して各労働者が留意すべき点など、それぞれの事業場固有の内容については十分に周知しておくことが必要です。
教育する基本的な内容としては、次のような項目があります。
- (a)…熱中症の起こり方と症状
- (b)…熱中症の発生状況と事例
- (c)……熱中症の予防方法(WBGT の測定、評価、結果に基づく対策、一連続作業時間と休憩時間、水分及び塩分の摂取方法、作業場での体温や体重測定と自覚症状の確認、生活習慣(寝不足、朝食抜き、深酒等)への注意など)
- (d)…緊急時の救急措置、救急車を呼ぶ判断基準
さらにそれぞれの職場において必要な事項について、全管理監督者や労働者に対して教育を行います。
事業場内での熱中症を予防するためには、請負作業を行っている事業者などにも協力を求めることが望ましいです。同じ作業場内であれば、安全衛生活動を共同して行っている場合が多いが、工事や輸送などの一時的に入構する労働者に対しては、発注者や元方事業者と共通の安全衛生管理を行うことは現実には難しいです。この場合は、実施可能な労働衛生教育を行い、入構時にチェックリストを提示し、自己チェックを行ってもらうなど、各社の協力を求めて安全衛生管理を実施していくことが必要です。
⑨ 救急措置
(a)…緊急連絡網の作成・周知
あらかじめ事業場周辺の、病院や診療所などの所在地や連絡先を把握するとともに、緊急連絡網を作成し、関係者に周知するとともに休憩室などに掲示しておきます。
(b)…作業場内での応急処置
具体的な救急処置の手順については、「熱中症の救急処置(現場での応急処置)」に示します。
資料 熱中症を防ごう 厚労省まずは意識を確認します。例えば、「今日は何月何日ですか」、「今は何時ごろですか」、「あなたの名前は何ですか」、「私は誰ですか」、「ここはどこですか」などの質問に対して適切な“受け答え”ができれば「意識は清明である」と判断します。
1つでも明確に答えられなければ「意識がおかしい」と判断し、重篤なⅢ度の熱中症として扱います(熱中症の症状と分類)。
資料 熱中症を防ごう 厚労省意識が清明であっても、また、救急隊を呼んだ場合でも、まずは(ア)涼しい場所に移し、(イ)脱衣と冷却、を開始します。
意識が清明な場合では、上記(ア )、(イ)を行いながら水分を自分で摂取できるかどうかを判断します。ここで、自力で水が飲めなかったり、吐き気がある、あるいは実際に胃の内容物を吐き出したりしている場合には、「自力で水分は摂取できない」と判断します。この場合には医療機関での点滴による水分の補給が必要と考え、救急隊の要請を行います。なお、体温が 38℃以上ありそうな場合や、尿がしばらく出ていない場合、心拍数が 100 以上ある場合も、医療機関を受診させます。
吐き気、嘔吐がなく、自力で水分を摂取できるなら、塩分を含んだスポーツドリンクや経口補水液などを用いて水分と塩分(ナトリウム)を与えます。
なお、応急処置の間は、必ず誰かが付き添って、傷病者を見守ることが重要である。もし、体調が回復しない、症状が悪化するなどがあれば、医療機関に搬送します。医療機関への搬送のために救急車を呼ぶことについては躊躇することはありません。少しでも言動や意識がおかしい、腑に落ちない、と感じれば救急隊を要請すべきです。
また、水分を取らせた後に、嘔吐する恐れがある場合は、体と顔を横に向けて、嘔吐した水分などが気道(のどから気管)に流れ込む(誤嚥する)ことがないように注意する必要があります。
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