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【第2章】第1節 酸素欠乏症の病理と症状②

3 酸素濃度と酸素欠乏症の症状

運動で呼吸が苦しくなったり、標高の高いところで頭が痛くなったりと、私たちの身近でも酸素欠乏症を自覚することがあります。医学的には健常者に酸素欠乏による症状が現れるのは概ね酸素濃度16%以下と言われていますが、15%になったからといって、いきなり倒れるわけではありません。

どの程度の酸素濃度でどういう症状が出るのかを知っておくことは、退避の機会を逃さないためにも非常に重要です。

なお、災害発生を未然に防ぐため酸素欠乏症等防止規則では18%未満を酸素欠乏状態としています。


(1)酸素不足による人体の反応

酸素不足状態の細胞内では乳酸が生成され、血液は酸性に傾きます。このことで呼吸中枢、心臓中枢などが刺激されて呼吸深度、呼吸数、心拍数の増加が起こり、空気をより多く呼吸して酸素摂取量を補い、酸素含有量の低下した血液をより大量に循環させ、また、脳の血管は拡張して大量の血液を受け入れようとします。人体は酸素欠乏症に陥ると、このような防御反応を示します。しかし、この反応が有効なのは一般に気中酸素濃度16%程度までといわれています。

酸素不足に対して最も敏感に反応するのは、大脳皮質です。これは酸素欠乏 に対しては最ももろい器官です。酸素欠乏症の症状は、まず大脳皮質の機能低下からはじまります。(大脳皮質:思考や判断、視覚・聴覚・色・形・音の認識、空間や時間の認識、運動の司令など、人間の活動に欠かせない情報の認識・判断・処理を担う重要な組織)


酸素濃度と酸素欠乏症の症状等との関係を表2-3に示します。これらの症状は、筋力をたくさん必要とする労働や疲れているとき、あるいは二日酔い等の場合は重症化します。また、貧血や循環器障害のある人は第2段階程度でも致命的となる場合もあるため、これらの既往症のある人は地上での補助的業務にあたるなど、人員配置に当たっての配慮が必要です。特に心筋梗塞等心疾患症状のある人は、第1段階でも危険になります。

表2-3 酸素濃度と酸素欠乏症の症状

致命的な低酸素濃度でなくても、筋力低下あるいはめまい等による墜落・転落などにより死に至った例もあります。また、大脳機能の低下による錯覚・誤操作等が大事故を誘発する可能性のあることも十分考慮しなければなりません。

酸素欠乏症の症状の一つに吐き気や嘔吐がありますが、嘔吐した場合、あおむけ状態では吐物を気管内に吸引して窒息死する例や、うつぶせの状態では水溜りの水を肺内に吸引して溺死同様の結果になる例があります。なお、6%以下の極限的な低濃度では、1回の呼吸でも死に至ることがあります。


重要

酸素欠乏危険場所や閉鎖・密閉された場所で頭痛吐き気、筋力の低下、疲労感など異常を感じたときはすぐに退避する


(2)無酸素空気の呼吸

酸素欠乏災害の中には,閉鎖的空間で無酸素空気がつくられ、その噴出により、1回の呼吸で死に至る場合があります(図2-2)。

無酸素空気を吸入すると、最初の吸入で血液中への酸素の取込み量が瞬時に減少します。このことで、呼吸中枢が刺激され、吸気の促進という反応が起こり、気づかぬまま大量の無酸素空気を吸入してしまいます。この反応は最初の無酸素空気を吸入後、2秒以内に起こるといわれています。

このことを説明した無酸素空気呼吸時における動脈血酸素分圧の変化を図2-3に示します。

図2-2 タンク内への転落、図2-3 無酸素空気呼吸時の動脈血酸素分圧

(3)被災者への措置

無酸素空気の呼吸が原因で昏倒した被災者に心肺蘇生等を行う場合、開始までの時間が長引くほど蘇生率は急激に低下します。被災者を救うためには、救急隊等の到着までに、いかに迅速に措置を始めるかが重要な課題といえます。

救助が遅れると、蘇生した場合でも言語障害・運動障害・視野狭窄・四肢の麻痺・幻覚・健忘症等様々な後遺症が残ることがあります。

意識が回復した後は、救急隊の到着まで被災者の状態を注意深く観察し、上半身を高くした姿勢を保持することが大切です。(詳細は第4章)


4 その他

(1)一酸化炭素中毒

酸素欠乏危険場所のような密閉・閉鎖された空間などでの発電機等エンジン式設備・工具の使用によって、それらの不完全燃焼の結果一酸化炭素中毒による死亡災害が発生しています。

一酸化炭素中毒に至る原因・過程は医学的に全て解明されてはいませんが、血液の中で酸素を運ぶ役割のヘモグロビンとの結合力が酸素の約200倍も強いとされています。このため、酸素の代わりに一酸化炭素を運んでしまい、酸素欠乏と同様の初期症状(頭痛・耳鳴り・めまい・吐き気・脱力など)を呈します。

被災すると、意識はあるが徐々に体の自由が利かなくなり、その後急速に眠くなりやがて昏睡、皮膚がピンク色になるという特徴があります。屋内での木炭コンロの使用、ガス湯沸かし器やストーブの不完全燃焼などでも発生しています。

労働安全衛生法に基づく事務所衛生基準規則では、事務所の室内における濃度について 50 ppm (空気調和設備または機械換気設備のある事務所では 10 ppm )以下とするよう定められています。


(2)二酸化炭素中毒

二酸化炭素(炭酸ガス)の毒性は比較的低いとされており、特異的な症状はみられません。しかし、高濃度になると中毒症状が現れます。二酸化炭素は、通常の大気中では、0.03%の濃度で存在します。燃焼・発酵・ドライアイスの仕様等で濃度が増し、3%になると呼吸中枢が刺激され、頭痛やめまい等の症状が現れます。さらに7~8%に達すると、数分間で意識を失い、死に至る場合があります。

二酸化炭素が発生する場所では、同時に酸素欠乏のおそれがあるため、両者の対策が必要です。


【参考】酸素濃度計とパルスオキシメーターを使った実験

パルスオキシメーターは、酸素を運ぶ効率:動脈血酸素飽和度(SpO2:通常96~99が正常値とされています)と脈拍数を測定するための装置です。

ポリ袋に酸素濃度計のセンサー部分を入れて口を閉じた状態で呼吸を続けることにより、酸素濃度と動脈血酸素飽和度がどう変化していくのかを確かめてみました。


①開始時の動脈血酸素飽和度は98
酸素濃度は21%

図2-1 肺の構造、肺胞、肺毛細血管

②袋の口を閉じ、なるべく空気が入り込まないようにして呼吸を繰り返し、1分8秒後限界を迎える直前の数値は、酸素濃度9.7%、パルスオキシメーターは89を示していました。

図2-1 肺の構造、肺胞、肺毛細血管

このことから、いきなり10%を切るような酸素濃度の場所に入り呼吸をしてしまうと、動くことが困難な状態になるだろうということが推測されました。


 

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