2.聴力障害と騒音性難聴
(1)耳の機能
外部からの音は、空気の振動として耳に届きます。空気の振動は、先ず、耳介(じかい)(一般に「耳」と呼ばれている部分)で集められ、外耳道(がいじどう)を通り、鼓膜(こまく)に伝えられます。耳介と外耳道を合わせて「外耳(がいじ)」と呼びます。耳が、目や鼻に比べて、大きいのは、この空気の振動を効率的に受け止めるためです。耳の後ろで手のひらを拡げると、音がよく聞こえるのは、より多くの空気の振動を集められるからです。
その後、集められた空気の振動は中耳(ちゅうじ)の鼓膜に伝えられ、鼓膜が振動します。その振動は耳小骨(じしょうこつ)という鼓膜につながった三つの小さな骨で増幅されます。ちょうど、ステレオでいうアンプに相当します。
そして、鼓膜の奥の内耳(ないじ)の一部である蝸牛(かぎゅう)が、振動として伝えられた音の情報を電気信号に変えて、蝸牛神経を介して脳に伝えます。この蝸牛とは形がカタツムリに似ているのでその名前が付いています。
その電気信号を受け取った脳が、音として認識します。
このように、音は、外耳、中耳、内耳、蝸牛神経、大脳が連携することで聞こえるのです。
(2)難聴について
難聴とは音が聞こえにくい状態のことをいいます。難聴になると、日常生活に様々な不都合が生じます。
■ 必要な音が聞こえず、社会生活に影響を及ぼす
■ 危険を察知する能力が低下する
■ 家族や友人とのコミュニケーションがうまくいかなくなる
■ 発声やテレビなどの音源を大きくしがちでトラブルを招くこともある
■ 自信がなくなる
■ 認知症発症のリスクを大きくする
■ 社会的に孤立し、うつ状態に陥ることもある
(3)難聴の種類
難聴は、異常のある部位の違いによって以下の3種類に分けられます。
■伝音(でんおん)難聴:外耳や中耳に異常がある状態
■感音(かんおん)難聴:内耳、蝸牛神経、脳に異常がある状態
■混合性難聴:伝音難聴と感音難聴が混在した状態
伝音難聴は、外耳や中耳の異常により音が内耳にうまく伝わらない状態です。外耳道炎や中耳炎、鼓膜穿孔(こまくせんこう)、耳硬化症(じこうかしょう)、外傷など様々な原因で起こります。薬物治療や手術により改善する場合が多いとされています。また、補聴器の使用も有効です。
感音難聴は、内耳や蝸牛神経、脳の異常によって音を感じにくくなった状態です。突発性難聴や騒音性難聴、加齢性難聴、先天性難聴などが該当します。
薬物治療や補聴器の使用が主な治療となりますが、人工内耳手術が有効なこともあります。
(4)騒音性難聴とは
騒音性難聴は、内耳以降の聴覚器官の損傷による感音難聴です。長時間大きな音にさらされることで、有毛細胞が損傷してしまうことが主な原因です。有毛細胞は一度損傷すると再生することが困難なため、治療することが難しい難聴です。
騒音性難聴は工事現場で働く人や鉄道関係者、航空関係者など、大きい音(85dB(A)以上とされている)にさらされる職業の方に多く見られるので「職業性難聴」とも呼ばれます。また、爆発音や炸裂音(120~140dB(A)、ロックコンサートなどの強大音によって短時間で大きい音にさらされることによって起こる難聴は「音響性外傷」と呼ばれます。
(5)騒音性難聴の特徴
騒音性難聴は低音成分よりも3000ヘルツ以上の高音成分の方が傷害を起こしやすく、初期には4000ヘルツが聞こえにくくなるという症状を示します。音響性外傷では、音源に近い方の耳だけに起こることがありますが、騒音性難聴では、ほとんど両耳が同程度の難聴になります。
同じような騒音環境にいても個人差が大きく、難聴になる人とならない人がいます。難聴に加えて、耳鳴りを伴う場合があります。大きな音を聞くと音が割れてやかましく聴こえ、言葉の弁別(識別)も悪くなります。
身近なところでは、電車内などで音楽を長時間聞く時には注意が必要です。電車内の騒音が40dBくらいだとすると、気づかないうちに100dB以上の音量で音楽を聴いてしまっている場合があります。80dB以上の音を長時間連続で聴いていると難聴が生じやすいと言われていますので、電車内で音楽を聴くときは注意が必要です。どうしても音楽を聴きたい場合は、周りの環境騒音を最小限に防ぐことができるノイズキャンセリング機能がついたイヤホンやヘッドフォンがよいとされます。
(6)騒音性難聴の治療
急性の音響性外傷では、ステロイドによる治療が有効と言われています。一方、長期間の音響ばく露で生じた騒音性難聴の治療は困難とされています。
従って、騒音性難聴は予防することが大切です。騒音下に行く場合や、騒音下で仕事をする場合は遮音性の耳栓を使用したり、長時間連続の音響ばく露を避けときどき耳を休ませることに加え、規則正しい睡眠や適度の運動などが大切と言われます。
また、定期的な聴力検査で難聴の進行程度を確認することも、大変重要となります。
(7)老人性難聴とは
老人性難聴とは、加齢によって耳(内耳)と脳(聴覚中枢)の機能が衰えて聴こえにくくなっている状態です。しかも単純な老化ではなく、長い人生の中での各々の生活習慣、音響による負荷、耳毒性薬物の投与などの影響により、内耳がダメージを受けてきた結果も含まれます。
(8)老人性難聴の特徴
①高音域の低下が著しく中・低音域は比較的よく保たれている。
②原則として左右対称である。
③加齢とともに進行する。
④男女差がみられる。(一般的に男性の方が聴力低下は大きい。)
※これは職場での騒音による影響と考えられています。
⑤単純な音は聴こえるが、ことばの聴き取り能力が低下する。
⑥難聴の程度は高年齢になるほど個人差が大きくなる。
(一概に年齢によって区分できない。)
⑦難聴者はなぜか難聴を隠す傾向が強い。
(難聴であることを認めようとしない。)
⑧ゆっくり、区切って会話をすれば日常会話はだいたい可能である。
(むしろ耳元であまり大きな声で話すとかえって聴きづらくなる。)
このような難聴は薬では治りません。補聴器を使う必要があります。
補聴器は早く使い始めるほど、聞こえの効果が早く得られるとされています。
(9)聴取障害(マスキング)
騒音によるマスキングは必要な音が別の音によってかき消されることを言います。騒音作業現場ではマスキングにより話し声や危険を知らせる合図など、意思の疎通や伝達が阻害され孤立感や事故を引き起こしやすくなります。
すでに一定の聴力低下や耳栓等の保護具を着用している場合は注意が必要です。通常の距離で会話が出来るのは騒音レベルが60~70dB(A)以下です。
(10)騒音に対する身体の反応
騒音を感じることによって、血中アドレナリン濃度が上昇します。
そもそもアドレナリンとは、動物が敵に襲われて身を守らなくてはならない時、あるいは獲物を捕食する必要に迫られた時に分泌され、とっさの状況に対応するのを助ける物質です。
アドレナリンが分泌されると、心拍数が増加、血圧や血糖値が上昇したり、気管支が拡張するといった作用がもたらされます。
また、胃腸障害のリスクも報告されています。
(11)聴力図(オージオグラム)について
音の高さの単位はヘルツ(Hz)、音の大きさの単位はデシベル(dB)が使われていますが、やっと聞こえる最も小さい音の大きさを「0dB」としています。
聴力を分かりやすく図にしたものが聴力図(オージオグラム)といいます。横軸に検査音の周波数、縦軸に音の大きさが目盛ってあり、この図に示された検査結果による線が下の方にあるほど、聞こえが悪い(大きな音でないと聞こえない)という事になります。
上の図はオージオグラムに代表的な年齢の例を記入したものですが、特別な原因が無くても、たいていの人は年を取るにつれて耳の聞こえが悪くなるということや、より高い周波数の音ほど聞こえにくくなるということが読み取れます。
また、個人差はありますが、60歳くらいから聴力の衰えを自覚する人が多いようです。
騒音による難聴
騒音レベルが85dB(A)以上の職場で長年働いていると、個人差はありますが遅かれ早かれ現れてくるのが騒音性難聴です。ただし、騒音の特性(音の大きさ、高さ、衝撃性)やばく露条件(作業時間、勤務年数)によって聴力低下の程度は変わってきます。
騒音性難聴の初期段階では3,000Hzから6,000Hzにかけての高周波領域の聴力だけが障害を受け、静かな場所での日常会話にはそれほど大きな支障とはなりません。このため自覚症状がなく、耳が聞こえにくいのではないかと気が付くのは「家族からテレビの音が大きすぎる」といわれたり、電話の声が聞きにくくなったりして、聴力低下がかなり進んでからの事です。
音を伝える仕組み、すなわち外耳や中耳に障害があるものが「伝音性難聴」です。外耳道に耳アカがつまったり鼓膜に穴があいたり、中耳炎によって耳小骨の動きが悪くなったりする事によって起こります。伝音性難聴の場合は、補聴器で音を大きくして内耳に伝えることにより聴力の改善はある程度はかることができます。
音を感じる仕組み、すなわち内耳や聴神経に障害のある場合が「感音性難聴」です。ある種の薬剤の副作用による難聴、加齢に伴う難聴、騒音性難聴などが含まれます。感音性難聴の場合は、補聴器などによる聴力の改善効果はあまり期待できません。
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